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私自身のログとして。しかし、、、、、写真が古いな〜、どれも。
燃えるアーチェリー時代
中学生だった1976年、モントリオールオリンピックで道永宏がアーチェリーで銀メダルを取ったという記事を新聞で見てから、「大学に入ったらアーチェリー部に入る」と決めていた。
大学の入学式が終わってすぐ部室へ行って入部。それからは勉強jもろくにせず、アーチェリー(とスキー)に熱中。素晴らしい時間をすごした。

★ 信州大学時代

大学4年 北信越3大学対抗戦 (長野)
 
学生-OB対抗戦で

燃えるアーチェリー時代 -2-
信州大学アーチェリー部時代へ
 
★ 国体出場  
1980 第35回 栃木 ・ 1982 第37回 島根 ・ 1983 第38回 群馬 ・ 1984 第39回 奈良 ・ 1986 第41回 山梨 ・ 1988 第43回 京都 
1989 第44回 北海道は成年男子監督 ・ 1990年 第45回 福岡は視察 ・ 1991年 石川は副審判長
 1980 第35回 栃木 「栃の葉国体」
初めての国体出場
 
 栃の葉国体のページへ
   
1982年 第37回 島根 「くにびき国体」
絶好調!上位進出に挑んだのだが、、、 
1982年 くにびき国体のページへ 
   
 1983 第38回 群馬 「あかぎ国体」 
就職して1年目・環境変化に苦しむ
 
1983年 あかぎ国体のページへ 
   
1984年 第39回 奈良 「わかくさ国体」 
 
1984年 わかくさ国体のページへ 
 
1986 第41回 山梨 「かいじ国体」 

1986年 かいじ国体のページへ 
1988 第43回 京都国体
2巡目第1回目の記念すべき国体 + 選手として出た最後の国体
 
1988年 京都国体のページへ
   
北海道国体(監督) 1989.9.17-
 
石川県成年男子チーム監督として同行

競技日はみぞれ交じりの寒い日

見事8位入賞 

現役時代に上がれなかった表彰台へ 
 
★ 1991年 石川国体 副審判長
石川国体は強化選手として活動したものの、最終的に副審判長として競技運営計画・審判員の統括にあたった。
 
石川国体のページへ
 
★日本選手権:: 1984年 福井県
このほか、全日本社会人選手権・ヤマハカップ・北信越選手権・湖南カップ・長野県月例大会、インドア大会、、、、
学生〜社会人の10年間あちこち飛び回ってしんどかったけど、楽しかった。
 
1991年の石川国体を期に競技生活から離れて「普通の生活」に。
       
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