| 大学入学後すぐに入部したアーチェーリー部。アーチェリーが次の年の栃木国体(1980)から国体の競技に正式採用されることを知り、国体出場が最初の目標になった。結局その後6回出場することになるが、全国を回り友人・知人も飛躍的に多くなり、試合で全国どこへ行っても知り合いがいるようになり、ますます深みに、、、、、。 |
| 1980 第35回 栃木 ・ 1982 第37回 島根 ・ 1983 第38回 群馬 ・ 1984 第39回 奈良 ・ 1986 第41回 山梨 ・ 1988 第43回 京都 ・ 1989 第44回 北海道(成年男子監督) ・ 1990 福岡(役員) ・ 1991 石川(副審判長) |
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| 1988 第43回 京都国体 |
2巡目第1回目の記念すべき国体 + 選手として出た最後の国体(6回目)。
前年1987年は年間通して調子がイマイチで、海邦国体(沖縄)はなんと予選落ち。京都は2年ぶりとなった国体出場。同時に、結果として現役として最後になった思い出深い大会。、自分自身のログとして、、、 |
| 10月15日 開会式 |

開会式会場前 |
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炬火点火 |

開会式中 |
| 10月16〜17日 公式練習・弓具検査 |
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練習会場で |

弓具検査 |
| 10月18日 試合当日 |

試合当日の朝 富山県チームと |

本番前 |
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50m 43−49−54−50−52−49= 298点
初回が痛い |

30m 55−59−53−57−52−53= 328点
total 626点 |

試合中 |

最終エンド後、同的の選手と |

試合終了!やっと緊張が解ける。 |

試合後 富山:田近さん、長野:我山と |

閉会式 |

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優しく親切な人たちと
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キャンディーズ(?) すごく親切にしてくれた |
試合会場に向かうときも見送ってくれる |
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試合後に出発までの間に食事を用意してくれていた |

練習の合間に近所の小川で釣り |
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このほか、全日本社会人選手権・ヤマハカップ・北信越選手権・湖南カップ・長野県月例大会、インドア大会、、、、
学生〜社会人の10年間あちこち飛び回ってしんどかったけど、楽しかった。
1991年の石川国体を期に競技生活から離れて「普通の生活」に。 |
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